第五十五回フリーワンライ企画ログ。
使用お題:「天の川を渡れたら」「水平線に君をのぞむ」「悪い往生際」「小指の約束」
ジャンル:ホラー……になるのかなぁ。
『やくそく』
「ゆびきりげんまん、うそついたらはりせんぼんのーます! ゆびきった!」
随分と子供っぽい――実際、遥か三十年以上前、小学生の頃にやったきりだった約束の方法を受け入れたのは、彼女のそのあどけなさを好ましく思ったなどという、可愛らしい理由では無かった。彼女のその、類稀なる力の恩恵を逃したくなかったのだ。その為ならば、馬鹿にだろうが何にだろうがなってやる。そう思った。
「明日はお素麺を食べるの。これで全部ね?」
仰せのままに。二十歳そこそこに見える彼女は、一見何の変哲もない女子大学生だ。だが、先日偶然飲み屋で出会い、意気投合した私のこぼした仕事の愚痴に、この娘は妙なことを言いだした。
「そんなにお邪魔なライバルさんなら、私と一緒にやっつけましょう? 簡単なの。あのね……」
酔っぱらっていた私は、その酷く簡単な提案を軽く了承した。酔っていたのもあるし、素面で聞いても何ら害があるようには思えぬことだったからだ。その日私は彼女と共に辺りのコンビニやスーパーをはしごして白と紅の大福を調達した。私の部屋に帰ると、私にとって邪魔で仕方の無い男の名前と生年月日を紙に書き、その上に二つの大福を乗せる。縦に並べた二つの大福を、包丁で一息に両断し、紅白それぞれ半分ずつ食べた。それだけだ。
翌日、その男は交通事故に遭ったといって仕事に来なかった。
疑わなかったと言えばウソだ。だが、その夜再び同じ飲み屋で出会った彼女の微笑みに、「ああ、あれはこの子がやったのだ」と何故か素直に信じた。そして、次の相談をした。
「うーんとね。そう、およもぎのお餅が良いわ」
ヨモギ餅を所望する彼女に従い、今度は翌日和菓子屋でヨモギ餅を購入した。ライバル企業の名と創立年月日を書いた紙と一緒に、今度は炙って食べた。――翌週、その企業は火災に見舞われた。次は菖蒲の葉に目障りな親族の名と生年月日を刻んで煮込んだ。次から次へ、面白いように敵が消えてゆく。
彼女は何者なのか。気になったが、聞いても仕方が無いと思った。
ひとつ願い事を叶える度に、私と彼女はひとつ「約束」をする。それは、簡単なデートの約束だった。二十は歳が離れていそうな男女で出歩くのだ。抵抗もあったが、場所が「最寄り駅のカフェ」など他愛もないものだったので頷いた。
最初は近くの駅ビルのカフェ。次は二駅向こうの映画館、その次は更に遠くの水族館。そして、今回の「約束」は、新幹線を使って行く「海」だ。デートとしても順当でなんともこそばゆい。こんな年下に興味はないと思っていたが、まんざらでもなくなっている自分に気付く。
翌日私達は、敵対派閥のトップの名と生年月日を書いた紙と共に素麺を茹でた。和紙を使ったため、茹でても紙は崩れない。もうこれで、消したい相手は全てだ。
「じゃあ、約束ね。あさっての夕方、一緒に海に出発するの」
ああ、と頷いたその時は、確かに私は行くつもりでいた。日付は既に八月も中旬、盆を過ぎて海にはクラゲが出るという。だが泳ぐ以外にも楽しみ方はあるだろうし、まだまだ街は暑い。
だが、思わぬトラブルで私はその日、会社を抜けられなくなった。慌てて彼女に電話をする。
「済まない! 時間までにどうしても会社を抜けられそうにないんだ。明日の朝一番に出よう」
「やくそく、破るの? 駄目よ。今日じゃないと駄目なの」
頑是ない子供のように言いわけのない彼女に初めて苛立つ。あまり悠長に喋っていられる状況でもない。
「とりあえず! 今は出られないんだ!!」
「今日じゃないとだめ。一緒に天の川を渡れないわ」
天の川。なんともロマンチックなことだ。だが申し訳ないが付き合いきれない。
「明日でも夜空は一緒に見れる。じゃあ、切るぞ」
「切るの?」
「ああ」
「ん。わかった。切るね」
ぷつっ、と電話が向こうから切られる。怒らせたかと思いつつ、やれやれと溜息を吐いた次の瞬間だった。
ぐっ、と右手を誰かに引っ張られた。
職場のフロアを出て、薄暗い廊下で電話をしていた私の腕を、物陰から誰かが掴んだのだ。驚いてそちらを振り向く。私の手首を、細く白い女の手が掴んでいた。凄まじい力で引っ張られて振りほどけない。掴んでいるのは、彼女だ。
彼女の手が私の右手をぎりぎりと掴み、闇に白く浮かぶ彼女の口元へ引き寄せる。薄紅い唇がふわりと開く様子が、なぜかゆっくりと見えた。
「ゆびきった」
がぶり。
上品に整列した彼女の白い歯が、私の小指を噛み千切った。
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二人がやっていた呪詛は、五節句の巨旦調伏の儀式のアレンジです。
一月一日に紅白餅(巨旦の骨肉)
三月三日によもぎ餅(巨旦の皮膚)
五月五日に菖蒲のちまき(巨旦の毛髪)
七月七日に素麺(巨旦の筋)
九月九日に菊酒(巨旦の血)
を食すことで調伏するという。中国原産のえぐい行事。牛頭天王信仰と五節句参照☆
以下追記にて、時間内に書けなかったオマケ。怜路君出て来ます。ホラーとしてなら上だけで十分かな。解説ですわ。
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